1.1 2030年を目指す科学技術の智

「科学技術の智プロジェクト」(設置から本報告書作成に至る経緯については、本項末尾の【注】を参照)は、日本人が心豊かに生きるためにすべての大人が2030年の時点で身に付けておいてほしい科学技術の素養(これを「科学技術の智」と呼ぶことにする)を提示することを目指している。「科学技術の智」(または、科学技術リテラシー)とは、科学・数学・技術に関係した知識・技能・物の見方である。2030年を目標としているのは、その時が、今の時代に生まれた子どもが成人として社会を背負って立つ時であり、それまでに、本プロジェクトで提言されるような科学技術の智が、社会全体に行き渡っていることを期待してのことである。

この目標が実現するためには、今後22年間に、幼児から成人までの各発達段階に応じて、科学技術の智を定着・普及させることが必要となる。その意味では、本プロジェクトで提言される「21世紀を豊かに生きるための科学技術の智」は、今後22年間の定着・普及のための活動の土台であり、出発点となるものである。

 

【注】科学技術の智プロジェクトの研究の経緯

平成15年、日本学術会議(第19期)に「若者の理科離れ問題特別委員会」(委員長:北原和夫)(後に「若者の科学力増進特別委員会」と改称)が設置された。そこでの議論により、わが国では科学技術教育の目標が明示されていないこと、そうした目標についての国民的議論がなされていないことが指摘された[1]。そこで参考となる先行事例とされたのが、米国における科学技術リテラシー構築のためのプロジェクトである[2]。そこでは、アメリカ人に持ってほしい科学技術リテラシーとしての『すべてのアメリカ人のための科学』[3]がすでに作成されていた。そこで、わが国においても科学技術リテラシー像作成の可能性と意義を検討する必要性が提案された。米国のプロジェクトは「for all」の主張を前面に押し出しており、この観点から日本の科学技術教育を考え直すことが重要と考えられたからである。

そうした経緯を受けて、平成17年度には、わが国でも科学技術リテラシー像を作成するための課題整理と基盤整備を行うことを目的とした科学技術振興調整費によるプロジェクト「科学技術リテラシー構築のための調査研究」(研究代表者:北原和夫)が発足した。研究機関は、国際基督教大学(中核機関)、国立教育政策研究所、お茶の水女子大学、日本学術会議の4機関とし、約70名の科学者、教育者等が参画して、次の三つのテーマに関する研究を行った。

・科学技術リテラシーに関する先行研究・基礎文献に関する調査(代表:長崎栄三)

・科学者コミュニティや産業界等の国民の科学技術リテラシーに関する意見集約・類型化調査(代表:服田昌之)

・科学技術リテラシー像の策定に関する検討課題に関する分析(代表:北原和夫)

それぞれの研究成果は、報告書としてまとめられたほか、本プロジェクトのウェブサイトにも掲載されている[4]

平成18年度には、「科学技術の智」すなわち、「成人段階を念頭において、すべての人々に身に付けてほしい科学・数学・技術に関係した知識・技能・物の見方」(または、科学技術リテラシー像)を作成することを目的とした「日本人が身に付けるべき科学技術の基礎的素養に関する調査研究」(研究代表者:北原和夫)が発足した。これは、平成18・19年度科学技術振興調整費「重要政策課題への機動的対応の推進」による調査研究であり、執行機関は、内閣府日本学術会議、文部科学省国立教育政策研究所であった。

この調査研究の目標は、七つの専門分野別の科学技術の智(専門部会報告書)と、それらをまとめた総合的な科学技術の智(総合報告書:本書)を作ることであった。

研究組織は、評議会、企画推進会議(企画推進会議は、日本学術会議「科学と社会委員会」(委員長:鈴村興太郎)の「科学力増進分科会」(委員長:毛利衛)の中の小委員会に位置付けられる。)、七つの専門部会(数理科学専門部会、生命科学専門部会、物質科学専門部会、情報学専門部会、宇宙・地球・環境科学専門部会、人間科学・社会科学専門部会、技術専門部会)と広報部会および事務局からなり、約150名の科学者、教育者、技術者、マスコミ関係者などが参加した。これらの委員は、研究代表が中心となって評議会委員、企画推進会議委員や専門部会長を選び、専門部会長が専門部会委員を選ぶようにして決まっていった(研究参加者については本報告書末尾を参照)。なお、委員に対する手当ては、旅費のみであった。

各専門部会は15名ほどの委員で構成されたが、その分野の専門家だけでなく、教育学者、マスコミ関係者、博物館関係者などを含めた。また、専門部会報告書の素案ができあがった段階で、部会間の相互閲読を行い、専門ではない分野の報告書の内容について理解できるように、相互に意見交換を行って、最終原稿をまとめる際の参考とした。

なお、これまでも、若者だけでなく日本の社会一般の科学力の衰退の危機が認識され、科学者コミュニティ、教育学者のコミュニティ、あるいは産業界、教育界で議論されてきた。しかし、それら関係者間の連携は必ずしも十分ではなかった。本プロジェクトでは、学問の枠を超え、さらには日本の科学技術の現状と歴史、伝統を踏まえた上で、科学者と教育学者の協同により、人々に親しみやすいものを作成することとした。また、一般に公開しながら共に作っていくということを大切にし、ウェブサイトやシンポジウムを活用してできるだけ多くの人々が参画することによって、このプロジェクト自体が科学技術の智の向上の運動となることを目指した。

 

科学技術の智プロジェクトは、実際には、平成18年11月から始まった。平成18年11月20日の企画推進会議幹事会において総計約150名の委員でプロジェクトが発足した。そして、企画推進会議が、プロジェクトの全体の計画を決め遂行し、平成18年12月から20年3月にかけて、合計で12回開催された。さらに、プロジェクトの運営を円滑に進めるために、企画推進会議の中に委員長・副委員長・事務局長ら合計6名からなる三者会議が平成19年2月に設けられた。三者会議は、プロジェクトが終わる平成20年3月にかけて合計37回開催された。

なお、プロジェクト全体を総括したのは評議会であり、3回開催され、また、プロジェクト参加者全員が集まる全体会議が5回開催された。

平成18年12月の第1回企画推進会議において決定された計画に基づいて、それぞれの専門部会で専門分野の科学技術の智の検討が始まった。なお、第1章で述べた共通のプロジェクト方針を確認するために、企画推進会議には、専門部会から必ず委員が出席するようにした。

専門部会は、平成18年12月から平成20年3月にかけて開催され、共通のプロジェクト方針に基づいて各専門部会のそれぞれの運営方針で行われた。この間の専門部会の開催回数は次の通りである。数理科学専門部会14回、生命科学専門部会13回、物質科学専門部会7回、情報学専門部会7回、宇宙・地球・環境科学専門部会10回、人間科学・社会科学専門部会6回、技術専門部会13回。専門部会報告書の素案がある程度固まった段階に、先ほど述べた相互閲読の機会を設けた。そして、七つの専門部会のそれぞれの専門部会報告書が、平成20年3月19日の第2回シンポジウムにおいて公表された。

総合報告書については、企画推進会議と各専門部会の委員からなる報告書作業部会を平成19年9月に設けて、専門部会報告書の成果を生かしつつ並行して総合報告書の内容を検討した。総合報告書の原稿は、報告書作業部会の委員かまたは必要に応じて依頼された委員が作成した。報告書作業部会は、平成20年3月に終わるまで合計で12回開催した。総合報告書の素案は、報告書作業部会で作成され、それをもとに企画推進会議において各章ごとに検討され、平成20年3月末に報告書をまとめられた。

プロジェクトを公開し意見を交換するために、専門部会別のシンポジウムと全体シンポジウムを開催した。平成19年3月から5月にかけて、それぞれの専門部会が公開でシンポジウムを開催し、各専門分野の科学技術の智のあり方について討議した。全体では、日本学術会議講堂でシンポジウムを2回行った。第1回全体シンポジウムは、平成19年8月27日に行われ、委員長らの基調報告と各専門部会長からそれぞれの専門部会で検討している科学技術の智の骨子案の報告と意見交換がなされた。第2回全体シンポジウムは、平成20年3月19日に行われ、委員長からプロジェクト報告などと今後の定着方策(第6章参照)についての意見交換がなされた。

本プロジェクトの成果を広めるために広報部会が設けられ、会合が6回開催された。そこでは、シンポジウム等の運営、ウェブサイトの構築、報告書のあり方などについて検討された。

事務局は、国立教育政策研究所、日本学術会議、国際基督教大学の3か所の委員が担い、国立教育政策研究所の委員が全体的な事務、日本学術会議の委員がシンポジウムや専門部会などの会議開催、国際基督教大学の委員が委員長補佐、というそれぞれの役割を担った。さらに、事務局は、会合が円滑に行われるように専門部会会合を含むすべての会合の議事要録を作成し次回会合に配付できるようにした。また、この議事要録はウェブサイトでも公開し、結果としての報告書だけでなく、過程としての議論をも一般の人々と共有できるようにした。それらを今後行われる科学技術の智の定着・普及のための様々な取り組みに生かしてほしいと考えたからである。

このように、本プロジェクトは、企画推進会議、評議会、全体会議、七つの専門部会、広報部会、事務局が有機的に連携して行われた。

 

[1] 日本学術会議若者の科学力増進特別委員会『次世代の科学力を育てるために』2005年7月、http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-t1031-9.pdf

[2] American Association for the Advancement of Science(米国科学振興協会:AAAS)は1985年にすべてのアメリカ人の科学技術リテラシーを高めるプロジェクト「Project 2061」を始め、現在も積極的に活動している。

[3] AAAS “Science for All Americans” Oxford University Press, 1989。邦訳:日米理数教育比較研究会『すべてのアメリカ人のための科学』三菱総合研究所(文部科学省科学技術・学術政策局基盤政策課)2005。AAASのウェブサイトに掲載されている。http://www.project2061.org/publications/2061Connections/2008/2008-02a.htm

[4] 『「科学技術リテラシー構築のための調査研究」サブテーマ1 科学技術リテラシーに関する基礎文献・先行研究に関する調査 報告書』国立教育政策研究所、2006。

『「科学技術リテラシー構築のための調査研究」サブテーマ2 科学者コミュニティーや産業界等の国民の科学技術リテラシーに関する意見集約・類型化 報告書』お茶の水女子大学、2006。

『「科学技術リテラシー構築のための調査研究」報告書』国際基督教大学、2006。

いずれも本プロジェクトのウェブサイトに掲載されている。

http://www.science-for-all.jp/link/index2.html