第2章 科学技術の本質

日本の社会では、科学技術という言い方はそれなりに定着しているが、それでもまだ違和感を唱える人は多い。科学と技術は本質的に異なるというのが、そうした人々の意見である。これから論じるように、たしかに言葉の意味としては異なる概念を含んでいる。科学の原理や法則には、いたるところで成立する「普遍性」という性質があるのに対し、技術は、この地球上の特定の文化、環境の中で、人間が使うという絶対的な制約条件の下で成り立っている。しかし、今や科学と技術は境目が曖昧なほど重なり合っており、明確な一線を引くことは難しい。

本プロジェクトでは、科学技術という総称には、狭い意味での科学、技術、数学、それと広い意味での人文科学・社会科学を含めている。なぜなら、言葉の定義を超える問題として、21世紀を「豊かに生きる」ためには、人類が築いてきたあらゆる叡智を統合する必要があると考えるからであり、その要となるのが最も広い意味での「科学技術」であるとの認識に立っているからである。

科学と技術の関係を表す表記としては、科学技術ではなく科学・技術とすべきだとの意見もある。これは、上述したように科学と技術は本質的に異なるという認識によるところが大きい。たしかに、科学は自然現象の謎に迫る研究であるのに対し、技術は私たちの生活に役立つ製品・システムなどの開発や科学研究の応用などが主である。しかし、近年のノーベル化学賞、物理学賞、医学生理学賞などの受賞者を見ても、科学と技術の境界はますます曖昧になりつつある。

例えば、白川英樹博士の業績は、電気を通すプラスチックスの開発につながった研究であり、田中耕一氏の業績は質量分析装置の開発につながった研究である。また、2003年の医学生理学賞は、人体の断層写真を撮影するMRI(磁気共鳴イメージング)装置の発明者・開発者に授与されている。

あるいは、科学は欧米から輸入した学問であるのに対し、日本には古来から様々な技術が根付いていた。例えば法隆寺や東大寺大仏殿など、世界最古、最大の木造建築物は世界に誇るべき日本の技術である。日本の発展は、そうした伝統技術の上に科学的方法を加味することで実現したと言ってもよいかもしれない。

そう考えるなら、科学技術という表記は、極めて日本的な発想であるとも言える。科学と技術の本質を正しく理解すると同時に、両者の基底をなす数学の本質についても正しい認識を持ち、頑なに区別しない姿勢を養うことが重要であろう。